家に蔵せる火薬を取出だして之を玩び、危険のこと多きにぞ、與左衛門はそを拒がむとて、悉く火薬を鎧櫃の裡におさめ、堅く錠をおろし、斯くしたる上は、よも得取らじと思ひ、頗る安心してありけるに、やがて数日を経たるとき、彼が眉毛は残らず無くなり、髪さえ焦げて、いたく火傷したるさまの著るしければ、もしやと心づきて、いそぎ鎧櫃をおける所に往ひて之を見るに、こは如何に、錠はさん/\゛に打砕かれて、中なる火薬は幾何もあらざりき。彼は鉄槌をもて、錠を打破り、そを取出して玩ぶ折しも、誤りて爆発させ、斯くは自ら火傷したくなりけり。與左衛門は今更のやうに、彼の乱暴なるに愕けりしかど、その火傷の頗る痛たかるべきを耐らえ忍び、いさゝかの苦しき顔をもせで、平然として自ら知らざるが如くなるを視、深く枯れの剛情にあれきれて、復た多く叱るに及ばざりきとぞ。

(春山育次郎「少年読本第11編」博文館)

↓ダイジェスト版桐野の幼少期

彼は幼少の頃より身体いと強健にして、嘗て病み患ひしことあらず、常に遊放度なうして、数ば悪戯を為し、父兄の心を苦しめたること中々に多かりき。その童児たりける時、一たびも他の児童の為めに泣かされて帰り来れりし例なく、また、よろづにつけ、絶えて物の畏るゝと云ふことを解せざりしが如くなりきとは、彼が成人の後ち、その母折々語れし所にして、彼が当時のふるまひを知れる親族郷党の人々、また皆これを認めたりといふ。

(春山育次郎「少年読本第11編」博文館)

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